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ストレスチェック義務化と中小企業への影響

[2025.08.25]

 

1. 導入:ストレスチェック義務化の波が中小企業にも

近年、労働環境におけるメンタルヘルスへの関心は急速に高まっています。これまでストレスチェック制度は、従業員50名以上の事業場を対象に義務付けられていましたが、2025年の労働安全衛生法改正により、中小企業においても義務化される見込みです。

「従業員の数が少ないうちは対象外だと思っていたのに…」「専門部署がない中で、どう対応すればよいのか…」と戸惑う企業も少なくありません。しかし、この流れは社会全体の大きな変化の一環であり、避けて通ることはできません。

なぜ今、中小企業にまでストレスチェックが拡大されるのか。その背景には、中小企業における従業員のメンタル不調の増加、そしてそれが経営や職場環境に及ぼす深刻な影響があります。義務化は単なる「規制強化」ではなく、従業員が安心して働ける環境を整え、結果として企業の持続的成長を支える施策でもあります。

本記事では、この法改正の背景や目的、中小企業にとっての課題、そして義務化前に導入することのメリットについて整理し、スムーズな対応のための具体的なステップをご紹介していきます。

 

 

 

 

 

2. 法改正の背景と目的

2-1. メンタルヘルス問題の拡大

現代の職場では、過重労働や人間関係の摩擦、将来への不安など、多様な要因によって心身の不調を訴える従業員が増加しています。厚生労働省の調査でも、「強いストレスを感じている」と回答する労働者は約6割にのぼり、その割合は年々高まりつつあります。特に中小企業では、人員が限られているため、一人の不調が職場全体の生産性に直結するリスクが大きいのです。

2-2. 経済的損失の大きさ

メンタル不調による欠勤や休職、さらには離職は、企業にとって深刻な損失となります。内閣府の試算によれば、うつ病や不安障害などのメンタルヘルス不調が日本経済に与える損失は数兆円規模に達するとされています。中小企業にとっては、数名の休職や離職だけでも事業継続に影響を及ぼしかねません。

2-3. 中小企業への波及と法改正の狙い

これまでストレスチェック制度は「従業員50名以上」の事業場を対象としていました。しかし実際には、日本の企業の大半は中小企業であり、労働人口の大部分がそこで働いています。メンタル不調の早期発見・予防を実効性のあるものとするためには、中小企業への拡大が不可欠でした。

そのため、2025年の労働安全衛生法改正では、従業員数にかかわらず全ての企業にストレスチェックが義務化される方向性が示されています。これは、単なる規制強化ではなく、「従業員の心の健康を守り、企業の持続可能性を高める」という国の強いメッセージなのです。

2-4. 目的:予防と早期対応

この制度の最大の目的は、従業員の不調を「発症後に対応する」のではなく、「未然に防ぎ、早期にケアする」ことにあります。ストレスチェックを通じてリスクを可視化し、必要な支援や環境改善につなげることで、従業員の働きやすさと企業の安定的な成長の両立を目指しています。

 

 

 

 

 

 

3. 中小企業にとっての課題

ストレスチェック制度が中小企業にも義務化されることは、従業員の健康を守るうえで大きな前進ですが、一方で実務面では多くの課題が想定されます。特に専門部署や余剰リソースの乏しい中小企業にとっては、次のような壁が存在します。

3-1. 実施体制の不足

大企業では人事部門や産業医が中心となって制度を運用できますが、中小企業ではそのような体制が整っていないことがほとんどです。

  • 誰がストレスチェックを担当するのか

  • 外部の医師や専門機関をどう活用するのか
    といった点が明確でないまま制度導入を迫られる企業も多く、結果として「形式的に実施するだけ」になりかねません。

3-2. コスト・リソースの制約

ストレスチェックは、調査票の準備や実施、集計、結果のフィードバック、必要に応じた面接指導など、多段階のプロセスを含みます。これらをすべて自社で賄うのは難しく、外部委託を検討せざるを得ません。しかしながら、中小企業にとっては費用負担が大きなハードルとなります。さらに実務を担う人員の時間的余裕も限られており、通常業務と並行して対応するのは現実的に困難です。

3-3. プライバシーと信頼関係の確保

ストレスチェックは従業員のセンシティブな情報を扱うため、情報管理体制が不十分なままでは、従業員が安心して回答できません。特に中小企業では、従業員同士の距離が近いため、「回答内容が上司に知られるのではないか」「評価に影響するのでは」という不安が生じやすくなります。信頼関係を損なえば、実効性のあるデータは得られず、制度の形骸化につながってしまいます。

3-4. メンタルヘルス対応の知識不足

ストレスチェックの結果、要注意の従業員が見つかった場合、その後の対応が必要になります。しかし、メンタル不調に関する知識や経験が乏しいと、「声をかけるタイミングを誤る」「過剰に干渉してしまう」「医療につなげられない」といった問題が起こり得ます。これは本人だけでなく、周囲の従業員にも悪影響を及ぼし、職場全体の雰囲気を悪化させるリスクがあります。

 

このように、中小企業にとってストレスチェックの義務化は単なる制度対応にとどまらず、組織の信頼基盤や体制づくりに直結する課題となります。逆にいえば、ここをしっかり整えることができれば、企業の成長力を高める大きなチャンスとなるのです。

 

 

 

 

 

 

4. 義務化前に導入するメリット

「義務化されたら対応すればいい」と考える経営者も少なくありません。しかし、ストレスチェックを前倒しで導入することには、単なる制度対応を超えた多くのメリットがあります。ここでは、中小企業がいま取り組むべき理由を整理します。

4-1. スムーズな制度移行の準備

法律が施行されてから慌てて準備を始めると、実施体制の整備や外部委託先の選定に時間を要し、初年度は「手探り運用」となりがちです。義務化前に導入しておけば、

  • 社内の役割分担

  • 従業員への周知方法

  • 外部サービスとの連携
    などを試行錯誤でき、制度が完全施行された際には円滑に移行できます。「余裕を持った準備期間」を確保できることは大きな利点です。

4-2. 企業ブランド・採用力の強化

近年、求職者は給与や福利厚生だけでなく「働きやすさ」「メンタルヘルスへの配慮」も重視しています。義務化前から積極的にストレスチェックを導入している企業は、従業員を大切にする会社としての信頼を得やすく、採用市場での競争力向上にもつながります。特に若い世代ほど「健康経営」や「心理的安全性」への意識が高いため、前倒し導入は有効なアピールポイントになります。

4-3. 離職防止と生産性向上

ストレスチェックは単なる診断ツールではなく、従業員の声を集める「早期警鐘システム」としての役割を果たします。

  • 高ストレス状態の社員を早期に発見し、医療や相談につなげられる

  • 職場環境の課題を明らかにし、改善の契機となる
    これにより、メンタル不調による離職を防ぎ、欠勤率や生産性低下を抑えることが可能です。中小企業にとっては、数人の退職や休職が経営に直結するリスクを和らげる意味で、極めて大きな価値があります。

4-4. 精神科医や外部サービスを活用した安心感

義務化直前になると、外部サービスへの依頼が一気に増え、委託先が混雑することが予想されます。早めに信頼できる医師や外部機関と契約しておくことで、

  • 専門家による質の高いチェックとフィードバック

  • プライバシーに配慮した安全な運用

  • 不調者が出た場合の医療連携のスムーズさ
    を確保できます。これは小規模組織にとって「制度を安心して回せる」という大きなメリットです。

 

義務化は「コスト」ではなく「未来への投資」と捉えるべきです。前倒し導入により、準備・信頼・安心感の三つを早期に手に入れることは、競争が激しい経営環境の中で差別化につながります。

 

 

 

 

 

 

5. 導入に向けた具体的ステップ

ストレスチェックを義務化前にスムーズに導入するためには、「何から始めればよいのか」が明確であることが重要です。以下では、中小企業でも実践しやすい導入の流れを、チェックリスト形式で整理しました。

5-1. 現状把握とニーズの確認

まずは、自社の現状を正確に把握することから始めます。

  • 従業員数、年齢構成、部署の特徴

  • メンタル不調による欠勤や離職の実態

  • 既存の健康管理体制(産業医や顧問医の有無)
    を確認し、どのようなサポートが必要かを洗い出します。ここで課題が明確になると、制度設計がスムーズになります。

5-2. 外部サービスの選定

多くの中小企業では、ストレスチェックの実施から集計、フィードバックまでを外部の専門機関に委託するのが現実的です。

  • 精神科医や産業医との連携体制があるか

  • 実施費用が明確で予算に合うか

  • プライバシー保護体制が整っているか

  • 実施後のフォロー(面談・相談窓口)があるか
    といった基準で比較・検討し、信頼できるパートナーを早めに確保することが重要です。

5-3. 社内ルールと体制づくり

制度を形骸化させないためには、社内での運用ルールを明確にする必要があります。

  • 実施の目的と従業員へのメリットを伝える周知文書を作成

  • 情報管理(誰が結果を閲覧できるか、どのように保存するか)のルール化

  • 高ストレス者が出た場合の流れ(医療機関紹介・面接体制など)を整備
    これにより、従業員が安心して参加できる環境を整えることができます。

5-4. トライアル導入とフィードバック

いきなり本格的に全員を対象とするのではなく、小規模なテスト導入を行うのも有効です。

  • 特定部署で試験的に実施

  • 回答率や従業員の反応を確認

  • 運用上の課題(説明不足、時間配分、質問への不安)を洗い出す
    こうしたフィードバックを反映することで、本格導入時のスムーズな運用が可能になります。

5-5. 継続的な改善サイクル

ストレスチェックは「一度やって終わり」ではなく、毎年の実施と改善サイクルが求められます。

  • 実施結果を振り返り、課題を抽出

  • 改善施策(職場環境の調整、相談体制の強化)を実施

  • 翌年のチェックで改善効果を検証
    この循環を重ねることで、制度が定着し、組織全体の健康文化が醸成されます。

 

義務化を「仕方なくやる業務」と捉えるのではなく、会社をより良くするための仕組みづくりと位置づけて導入することが成功の鍵です。

 

 

 

 

 

 

6. 導入事例・ベストプラクティス

ストレスチェック制度を中小企業が効果的に導入するためには、成功事例から学ぶことが非常に有効です。ここでは、実際に導入を進めた中小企業の取り組みをもとに、現場で活かせるベストプラクティスをご紹介します。

6-1. コストを抑えつつ効果を出したケース

ある従業員数30名の製造業では、外部サービスの「簡易Webストレスチェック」を導入しました。紙での配布・回収を避け、オンライン回答にすることで集計作業を効率化。さらに、結果は外部機関が一括管理することでプライバシーも確保されました。
この方法により、年間数万円という低コストで制度を実施でき、従業員からも「気軽に回答できる」と好評でした。

ポイント

  • ITツールを活用して事務負担を削減

  • 外部に結果管理を委託し、社内での不安を軽減

6-2. 従業員満足度の向上につなげたケース

従業員20名のサービス業の会社では、ストレスチェック導入後に「高ストレス者が一定数いる」という結果が判明しました。そこで経営者が率先して、「安心して働ける環境づくりを進める」と宣言し、職場の人間関係改善を目的とした定期的なミーティングや相談会を設けました。
その結果、半年後の再チェックでは高ストレス者が減少し、離職率も低下。「会社が本気で健康に配慮してくれている」と従業員の満足度が向上しました。

ポイント

  • 結果を「数値」で終わらせず、組織改善に直結させる

  • 経営層が関与することで、従業員の信頼を獲得

6-3. 医療機関連携で安心感を高めたケース

従業員40名のIT企業では、ストレスチェックを外部の精神科医と連携して実施。高ストレス者が出た場合には、すぐにオンライン診療や専門的なカウンセリングにつなげられる体制を整えました。
従業員からは「一人で抱え込まずにすぐ相談できる安心感がある」との声が多く、メンタル不調による長期休職者がゼロに。

ポイント

  • 外部専門家とのネットワークを早めに築く

  • 不調時に「つなぐ先」があることで制度が生きる

 

これらの事例に共通するのは、「制度を形だけで終わらせず、実際に従業員の声や環境改善に反映させていること」です。中小企業であっても、工夫次第で負担を最小限にしながら大きな効果を得ることが可能です。

 

 

 

 

 

7. まとめ:中小企業がいま取り組むべきこと

2025年の労働安全衛生法改正により、ストレスチェックはすべての企業で義務化される見込みです。これは、中小企業にとっても避けられない流れであり、従業員のメンタルヘルスを守るための重要な取り組みとなります。

本記事で見てきたように、ストレスチェックには以下のポイントが含まれています。

  • 法改正の背景と目的:メンタル不調の早期発見・予防を国全体で推進する流れ

  • 中小企業の課題:体制不足、コスト、プライバシー、知識の不足

  • 義務化前導入のメリット:準備期間の確保、企業ブランドの強化、離職防止、専門家活用による安心感

  • 具体的ステップ:現状把握 → 外部委託の検討 → 社内ルール整備 → トライアル導入 → 改善サイクル

  • ベストプラクティス:コスト削減の工夫、経営層の積極的関与、医療機関連携の仕組み化

義務化を「負担」として受け止めるのではなく、「組織を強くする投資」と捉えることが大切です。早めに取り組むことで、制度移行もスムーズになり、従業員からの信頼も得られます。

中小企業にとっては、従業員一人ひとりの健康がそのまま経営の安定に直結します。ストレスチェックをきっかけに、働きやすく、安心できる職場環境を築くことが、結果として企業の成長と持続可能性を支えることになるでしょう。

 

 

 

 

 

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