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電車や駅で「人にぶつかったかもしれない」と感じるあなたへ

[2025.07.14]

― 加害恐怖に悩む強迫性障害の方へ贈る認知行動療法的な理解と支援 ―


1. 日常にひそむ「加害恐怖」という苦しみ

毎日の通勤や外出のなかで、ふとした瞬間に「今、誰かにぶつかってしまったのではないか」「そのせいで相手が怪我をしたかもしれない」という不安が頭から離れなくなってしまう。

そんな経験を繰り返している方は、きっと日々の生活がとても苦しく感じられているのではないでしょうか。

 

駅や電車の中で起きたわずかな接触や、誰かとすれ違った場面が、いつまでも心の中に引っかかり、頭の中で何度も何度も繰り返し思い出されてしまう。

そのたびに「もしも何かあったらどうしよう」「自分が誰かを傷つけていたとしたら取り返しがつかない」と、強い不安と罪悪感に押しつぶされそうになる――これはいわゆる「加害恐怖」と呼ばれる強迫性障害の一つのかたちです。

 

 


2. この不安は「性格の弱さ」ではない

このような思考や不安は、決してその人の性格が弱いからでも、心配性だからでもありません。

 

それは、脳の働きが一時的に「不確実性」や「責任」の感覚を過敏に感じ取ってしまっている状態であり、きちんとした治療やサポートによって、確実に緩和していくことが可能なものです。

 


3. 不安と確認行動の悪循環

加害恐怖を抱える方は、不安を感じた直後に「本当にぶつかったのかどうか」を確かめたくなります。

駅に戻って現場を確認しようとしたり、防犯カメラの映像が見られないか調べたり、あるいはネットで「○○駅 事故 今日」などと検索して、事故や怪我人が出ていないかを何度も確認してしまうことがあります。

 

けれども、確認したはずなのに心が落ち着かず、むしろ不安がまた戻ってくるという経験をされた方も多いのではないでしょうか。

こうした「確認→安心→再び不安→再確認」というサイクルは、強迫性障害において非常によく見られる現象です。

 


4. 認知行動療法が提案する「確認しない練習」

認知行動療法では、このような悪循環を断ち切るために、「曝露反応妨害法(ERP)」という技法を用います。

これは、不安を感じる場面に意図的に身を置きながら、同時に「不安を鎮めるための確認行為」をあえて行わないようにする方法です。

 

たとえば、駅で人混みの中を歩いたあとに、「後ろを振り返らずにそのまま電車に乗る」「家に帰るまで検索を我慢する」「“ぶつかったかもしれない”という思いを、そのままにしておく」などといった行動が含まれます。

最初は非常に強い不安を感じるかもしれません。

しかし、多くの人が経験するのは「確認しなくても、時間が経てば自然と不安が下がっていく」という事実です。

この“不安がやがて下がる”という経験を繰り返し積み重ねていくことで、「確認しなくても大丈夫だった」という自信が育っていき、強迫行為の必要性が徐々に薄れていきます。

 


5. あなたは「危険な人」ではない

加害恐怖を感じる方に共通するのは、非常に良心的で責任感が強く、他人を傷つけたくないという思いが人一倍強いという点です。

実は、こうした方々こそが最も“人に害を与えにくい”特性を持っていると言えるかもしれません。

 

もしあなたが本当に誰かに危害を加えていたとしたら、迷いなくその場で気づくはずなのです。

それでも不安を感じるのは、「自分は気づかないうちに大きな過ちを犯してしまっているのではないか」という、“想像上の罪”を過大に評価してしまっている状態なのです。

 


6. 「思考は事実ではない」という視点

このような思考に対しては、「思考は事実ではない」というスタンスを身につけていくことが、回復に向けた大きな一歩になります。

私たちはしばしば「思ったこと=現実」と捉えてしまいがちですが、実際には、思考はただの「心に浮かんだ現象」に過ぎません。

 

その思考に従って行動するかどうかは、自分で選ぶことができるのです。

 


7. 小さな成功を重ねていく

もちろん、頭ではわかっていても、心がついてこない日もあるでしょう。

そのときには「今日は確認したくなったけど、ほんの少し我慢してみた」「確認せずに電車に乗れた」といった、小さな成功体験を大切にしてください。

 

回復とは、こうした小さな積み重ねを通して、自分自身との信頼関係を取り戻していく過程でもあるのです。

 


8. 支援者や家族との関係も大切に

もしあなたが家族やパートナーなど信頼できる人と一緒に過ごしているなら、「確認したい」という気持ちをそのまま打ち明けてみてください。

ただし、「ぶつかってないよ、大丈夫だよ」といった保証を繰り返してもらうことは、長期的には不安を強めてしまう可能性があります。

 

むしろ、「確認せずに耐える」ことができたときに、「今日も頑張ったね」とあなたの勇気を認めてくれる関わり方が、症状の改善にはとても有効です。

 


9. 不安とともに生きる力を育てていく

不安を抱えることは、決して弱さのしるしではありません。

むしろ、自分の行動や周囲に対して真摯であるからこそ、不安になるのです。

その繊細さは、あなたの人間性の一部であり、同時に、丁寧に向き合っていくことで、より自由で安心できる日常を取り戻す力にもなります。

 

どうか焦らず、少しずつ、自分のペースで前に進んでください。

 

不安に飲まれるのではなく、不安と共に生きる力を育てていく――それが、回復への確かな道です。

 

 

 

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